トップ > 日本のX線天文グループ > あすかの成果 > 第2章 > 銀河系中心

銀河系中心

「天の川」の正体は約2千億個もの星が集まった「銀河系」です。私たちの太陽もその星の仲間の一つであり、約50億年前に誕生しています。最新の電波や赤外線を使った観測により、この銀河系の中心には太陽の300万倍もの重さを持つ巨大ブラックホールが潜んでいるのではと考えられています。なんでも引き込んでしまうのがブラックホールですから、その大変強力な重力でまわりに漂うガスを吸い込み、ブラックホールにむかって加速することができます。レントゲン写真などで使われるX線を使うと、この加速されたガスに伴う莫大なエネルギー放出を捕らえることができるのではと考え、私たちは「あすか」を銀河系中心方向に向けました。

図1はその「あすか」で撮った銀河系中心付近500光年四方のX線図です。私たちの予想に反し、中心にある巨大ブラックホール付近にはなにやら弱いぼーっとした像があるだけで(図1右)、ブラックホールからのX線は見当たりませんでした。どうやら、周りのガスが極めて希薄であるため、ブラックホールは現在その吸い込む能力をほとんど発揮していないようです。

[銀河中心]
図1:「あすか」で撮影された銀河系中心500光年四方のX線図。左は蛍光輝線写真で、中心核から300光年離れた左上の低温ガス雲が特に明るく光っていることがわかります。右は超高温プラズマX線写真で、中心核のまわりにぼーっと光っています。

そのかわりに面白い事実がわかりました。一つは中心核付近のぼーっとした像のスペクトルを見ると、電離が大きく進んだシリコン、硫黄、鉄からの輝線が見つかったのです。この事実は、中心核の周りが1千万度にも達する超高温プラズマ雲に覆われていることを示唆します。しかも、このプラズマのエネルギーは超新星爆発約数十から千発分にも及ぶとても大きなものだとわかりました。もう一つ不思議なことに、この高温プラズマから左上方に離れたところから、電離のほとんど進んでいない低温のガス雲からの蛍光鉄輝線も同時に見つかりました(図1左)。蛍光鉄輝線は、低温ガス雲中の鉄原子が強いX線放射場により蛍光X線を出したものと結論づけられます。しかし、「あすか」の像からはそのような強い放射場を作るX線源は見当たりません。いったいそのX線源はどこに行ってしまったのでしょう?

低温ガス雲から中心にある巨大ブラックホールまでの距離は約300光年です。一方、超高温プラズマを膨張速度で逆に300年前の過去にさかのぼっていくと、そのときのX線強度は蛍光X線を生成するに足るほど明るくなります。すなわち、ごく最近(300年前)には中心にある巨大ブラックホールに大量のガスが吸い込まれ、加速に伴う膨大なエネルギーがX線として放射され、そのなごりが超高温プラズマや蛍光輝線として「あすか」にとらえられた可能性が高いようです。

300年前といえば、地球上では水戸黄門(1628-1700)が江戸駒込の屋敷で学者を集めて『大日本史』の編纂をはじめた頃です。近世以前の日本を知る資料として現在とても重宝されています。しかしながら、当時の観測技術では天の川の奥に隠された銀河系中心を知るすべはありませんでした。最新の宇宙技術を搭載した「あすか」により、X線の光路差を利用することで、銀河系の中心核ブラックホールの歴史を、江戸時代に遡って初めてひも解くことができたのです。

(前田良知)
目次 上へ 前へ 次へ