銀河と言えば、単なる星の集合体だと思われるかもしれません。しかし、ほんのわずかな割合ですが、銀河の中心が銀河全体の1%くらいから1万倍と非常に明るく輝いている銀河が存在します。この中心部分を「活動銀河核」と呼びます。クエーサーもこの仲間で、宇宙の中で最も明るい天体の一種です。この膨大なエネルギーは銀河核の中心に存在する巨大ブラックホールに物質が落ちる時の重力エネルギーの解放によって生み出されると考えられています。「あすか」の活躍により、この活動銀河核について多くの成果が生まれました。ここでは、ブラックホールとその周辺構造をキーワードに、その成果の一端を紹介します。
活動銀河核のX線スペクトルは一般にべき関数型の連続関数で表せる形をしています。しかし、「あすか」のような高精度のX線検出器で観測すると、連続スペクトルの上にさまざまな盛り上がり(輝線)やへこみ(吸収端)が見られます。これらは、中心ブラックホールからのX線が周囲の物質によって散乱吸収された結果生じた刻印です。鉄輝線に関しては『巨大ブラックホールの重力を感じた?!』で取り上げていますが、それと並び多数の(1型)活動銀河核から発見されたのが、電離したガスによる吸収構造です(図1)。中心ブラックホールの強烈なX線がガスの電離を引き起こしているのは間違いないのですが、ガスの起源に関しては今でも活発な議論が続いています。
図1:1型活動銀河核MCG--6-30-15のX線スペクトルにみられた吸収構造。酸素原子の8個の電子のうち6個、あるいは7個が剥ぎ取られた電離ガスの存在が明らかになりました。もしもこれらのガスが存在していなければ、観測されるスペクトルは点線で示したように平らになります。
活動銀河核からのX線放射のもうひとつの特徴は、時間的にその強度が変動することです。「あすか」によって多数の活動銀河核のX線時間変動が観測されました。活動銀河核の時間変動は、脈動変光星やパルサーの時間変動と異なり、決まった周期のない不規則な変動ですが、場合によっては数分の時間スケールの変動が観測されます。このことから、活動銀河核のX線を出している領域は光の速度で走って数分以下、つまり、太陽と地球の距離より小さいことがわかります。こんな小さい領域から太陽の100億倍もの強度のX線を出しうる天体は、巨大ブラックホール以外には考えにくいのです。つまり、X線時間変動は、X線スペクトルに見られる広がった鉄輝線と同様に、巨大ブラックホールの存在証拠のひとつに数えられています。
図2に示したのは「あすか」で観測したIRAS 13224--3809という活動銀河核のX線光度曲線です。 極端な例ですが2日間の観測期間中に数十倍の変動がみられています。多くの活動銀河核のX線光度曲線を詳しく解析した結果、変動の時間スケールは活動銀河核の種族によって系統的に異なることがわかってきました。他の観測結果と照らし合わせると、どうもX線時間変動のスケールはブラックホールの大きさ、つまりは質量を反映しているようです。簡単にいうと、大きなブラックホールほどゆっくり変動し、小さなブラックホールほど速く変動します。この立場にたてば、例えば、図2に示したIRAS13224--3809を代表とする狭輝線1型活動銀河核のブラックホールは、他の活動銀河核種族より1桁から2桁軽い(とはいっても太陽の10万倍から1千万倍)と推定されます。ブラックホール質量は活動銀河の物理状態、進化にとって最も重要なパラメータです。その推定にX線観測が役立っています。
図2:IRAS13224--3809のX線光度曲線。一点256秒ごとで、約2日間のX線強度変化がプロットされています。
活動銀河核で見つかった巨大ブラックホールの燃料源はどこにあるのでしょうか?また、その周辺構造はどうなっているのでしょうか?そのヒントが2型活動銀河核の観測からわかってきました。2型活動銀河核とは、活動銀河核の一種ですが、上記の活動銀河核(1型活動銀河核と呼ぶ)とは、見かけ上異なった性質を持っています。「あすか」でこの2型活動銀河核を複数個観測したところ、いずれも濃い物質で隠された中心核を持っていました。さらに、周りの物質が中心核からの強い光に照らされて光電離し、プラズマ状態になっていることも明らかになりました(図3)。これは、2型活動銀河核にも1型活動銀河核同様、非常に明るい中心核を持っていることを表す直接的な証拠です。これまで「2型活動銀河核と1型活動銀河核は本来同じものであり、見る方向により1型と2型に分かれてみえる」という統一モデル(図4参照)が提唱されていました。「あすか」の活躍により、この統一モデルを支持する観測結果が得られ、このモデルが多くの研究者に受け入れられるようになったのです。このモデルにたつと「あすか」が観測した濃い物質は「トーラス」と呼ばれている「中心核をドーナツ状に取り囲んでいる物質」になります(図4)。「あすか」の観測で、この吸収体の柱密度が約10 kg/m2程度であることが明らかになりました。トーラスの大きさを仮に100光年×100光年とすると太陽の約500万個分の質量がここにあることになります。巨大ブラックホールは1年間に太陽1個以上の物質を食べて明るく輝いています。このトーラスが燃料タンクである可能性があります。
図3:「あすか」で観測した2型活動銀河核Mrk 3のX線スペクトル。濃い物質で隠された中心核成分と、光電離した周辺物質からの成分があります。マグネシウム(Mg)、硅素(Si)、硫黄(S)の輝線が見えています。
図4:1型と2型活動銀河核の統一モデル。活動銀河核を見る方向(図中の矢印)によって、その性質が異なります。
活動銀河核は、宇宙で非常に目立つ天体ですが、銀河全体の1%程度しかなく宇宙の中で特異な存在です。最近、活動銀河核ほど明るくありませんが、全銀河の3分の1の割合で存在する低電離輝線銀河(ライナーと呼ばれています)が注目を集めてきました。このライナーを「あすか」で観測したところ、一部のライナーから活動銀河核によく似た性質のX線放射が検出されました。これらの銀河は、可視光の観測で幅の広い輝線を持っていることが分かっており、X線観測はこれらの銀河が巨大ブラックホールから光をだしている暗い活動銀河であることを示していました。可視光の観測によると、全ライナーの10%以上がこの種の銀河であると考えられています。宇宙には、これまで我々が想像していた以上に多くの巨大ブラックホールが存在しているようです。この銀河のブラックホール質量をX線の時間変動を使って推定したところ、通常の活動銀河核と変わらないことがわかりました。この銀河は、ブラックホールへの燃料供給が極端に少なくなったモンスターかもしれません。
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