トップ > 日本のX線天文グループ > あすかの成果 > 第3章 > X線で探るブラックホールの素顔

X線で探るブラックホールの素顔

「表面」のないブラックホールでは、明るいときに降着円盤のX線スペクトルを詳しく調べることで、ブラックホール自体の物理量を直接測定することができます。「あすか」などの非常に性能のよいX線天文衛星の活躍により、ブラックホールの素顔が見えるようになってきました。

降着円盤は中心に向かうほど温度が高くなり、最も中心に近いところではX線が放射されることをみてきました。では、「最も中心に近いところ」とはどこなのでしょうか?ブラックホールには「表面」はありません。ですが、ブラックホールが降着円盤の中心にいる以上、円盤はどこまでも存在するわけでなく、あるところで消えてしまいます。そこより内側では、円盤を作っていたガスはもはやブラックホールの周りを安定に回ることができなくなり、ブラックホールに落ちていくのです。理論的には、シュバルツシルト半径の3倍より内側ではブラックホールの周りを安定に回転できる軌道は存在しない、と考えられています。ですから、降着円盤のもっとも内側の半径はシュバルツシルト半径のちょうど3倍に一致しているのではないか、と期待できます。

降着円盤は、円盤の温度が高いほど、また面積が大きいほど明るくなります。これまでお話してきたように、X線での観測は降着円盤の中心付近を直接みているので、X線スペクトルから降着円盤のもっとも内側の半径を直接測定することができるのです。ブラックホール連星の多くは明るさが大きく変化し、なかには10倍以上の変動を見せるものも少なくありません。面白いことに、X線でだんだん暗く(明るく)なるにつれて、円盤の温度は低く(高く)なるけれども、円盤の内側の半径は常に一定に保たれているということが観測からわかりました。これは円盤の半径が、相手の星から落ちてくるガスの量に関係なく、ブラックホール自体の性質で決まる、ということの強い証拠になっています。

次なる興味は、この半径がほんとうに理論的に予測されている最も内側の安定軌道(シュバルツシルト半径の3倍)に一致するのか?ということです。「あすか」は、もっとも有名な恒星質量ブラックホールの候補である「はくちょう座X-1」という天体のX線スペクトルから、降着円盤のもっとも内側は半径が90 kmで、そこでの温度が400万度であることをはじめて示しました。はくちょう座X-1については、ブラックホールと連星をなしている星の動きを光で観測することで、ブラックホールの質量が太陽の10〜16倍であると推定されています。シュバルツシルト半径は天体の質量に比例し、太陽では3 kmですから、このブラックホールの場合は30〜48 kmになります。もっとも内側の安定な軌道はこの3倍、つまり90〜144 kmにあらわれると期待されます。「あすか」の出した観測結果は90 kmですから、この理論的予測にぴたりと一致しています。これらの観測事実は、はくちょう座X-1がブラックホールを含む連星であることの確たる証拠といってよいでしょう。このようにして、恒星質量のブラックホールが実際に宇宙に存在することは疑いのないものとなってきました。

1990年代後半になり、「あすか」やアメリカの RXTE衛星などによって、ブラックホールの観測例も多くなると、ある種のブラックホール天体では「内側の半径」がシュバルツシルト半径の3倍よりも小さいことがわかってきました。一般相対性理論によると、ブラックホールが自転している場合は時空が引きずられ、最後の安定軌道はシュバルツシルト半径の3倍より内側に移動する(半径が小さくなる)と予言しています。つまり、観測された小さな半径はブラックホールが自転していると考えるとうまく説明できるのです。面白いことに、これらの天体は電波の観測から、ジェットをもつことがわかっています(ジェットについては、第4章で取り上げます)。また、ガスの流入量がさらに多くなると、図1aに示したように円盤がしだいにぶ厚くなり、円盤の中にたまった熱が宇宙にX線として放射される前にブラックホールに落ちてしまうようになることもわかってきました。今後、ブラックホールの自転とジェットの生成、降着円盤の構造との関わりについてさらに研究が進むものと期待されます。

[]
図1:ガスの流入量による降着円盤の形態の違い。(b)が通常の場合で、降着円盤のもっとも内側の半径が一定に保たれます。ガスの量が増え、明るくなると、円盤は(a)のようにふくらむと考えられています。

(久保田あや)
目次 上へ 前へ 次へ