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ブラックホールを区別する

ブラックホールをX線で見る

光を出さないブラックホールをどうやって見ることができるのでしょうか。手がかりは「ものがブラックホールに落ちる」ことにあります。図1のようにブラックホールが普通の星と近接連星系をなしている場合、相手の星の外層大気がブラックホールの強い重力に引かれ、ブラックホールのまわりを少しずつ回転しながら落ち込んでいきます。このようにして形成されるガス円盤を「降着円盤」とよんでいます。ブラックホールの極めて強い重力のため、ガスは激しく回転し、膨大な摩擦熱によってこの円盤の中心近くではガスの温度は数百万度から1千万度にもなって、X線で明るく輝きます。このようなX線を観測することによって、ブラックホールを間接的に見ることができるのです。

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図1:連星系ブラックホールの想像図。通常の星(手前)のガスがブラックホールに落ち込み、降着円盤とよばれる回転ガス円盤ができています。ブラックホールに近い中心部ではX線が放射されます。

ブラックホールと中性子星

X線はブラックホールを見つけるのに最適な手段ですが、一つ問題があります。ブラックホールと同様に、連星系をなしている中性子星も降着円盤からX線が放射されるのです。ではどうすればブラックホールと中性子星を区別できるのでしょうか。ブラックホールの方が中性子星にくらべて十倍近く重いため、伴星の運動に与える影響に違いがあります。ただし、この影響は観測が必ずしも容易ではないため、常に決め手になるわけではありません。別の違いとして、「中性子星には硬い表面があるけれども、ブラックホールにはない」ということがあります。中性子星では、表面につもったヘリウムがいっきに核融合爆発をおこし、X線で数十秒間明るくなることがあります。このような現象---X線バーストとよばれます---が観測されれば、ブラックホールではなく中性子星であると結論できます。ただ、X線バーストを起こさない中性子星もあるので、X線バーストが起きないからといってブラックホールの決め手にはなりません。決め手は観測されるX線スペクトルにあります。X線スペクトルに、硬い表面からのX線放射があるかどうかを調べるのです。

ガスがたくさん落ちるとき(明るい時)

中心天体がブラックホールでも中性子星でも、相手の星からたくさんのガスが落ち込んでくる場合は降着円盤のガス密度が十分に濃くなり(図2b)、温度に応じた光を出します。円盤の温度は中心に近づくほど高温になるため、さまざまな温度に対応するX線がまざって観測されます。この「いろいろな温度のX線放射がまざったスペクトル」が降着円盤のスペクトルの特徴で、ブラックホールでも中性子星でも共通に見られます。

「表面の有無」による違いは、降着円盤からのX線放射よりさらに高いエネルギーを見た時に現れます。中性子星の場合、最後にはガスが勢いよく中性子星の表面にぶつかります。その結果、中性子星表面は降着円盤よりも2倍ほど高い温度のX線を出します。一方、中心天体がブラックホールの場合、落ちてきたガスはそのままブラックホールに吸い込まれ、高い温度のX線は出てきません。このように、X線スペクトルを詳細に解析することで両者を区別することが可能になりました。これは「てんま」や「ぎんが」といった日本の歴代のX線天文衛星による大きな成果です。

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図2:ガスの流入量による降着円盤の形態の違い。(b)が通常の場合で、降着円盤のもっとも内側の半径が一定に保たれます。

ガスがあまり落ちないとき(暗いとき)

星からブラックホールに落ちるガスの量が極端に少なくなった状態では、X線放射のしくみが異なってくると考えられています。これまではブラックホールや中性子星がX線で明るい時しか見ることができなかったのですが、「あすか」は感度がとても高く、これまでよりも百分の1も暗い状態でも観測することができるようになりました。その結果、ブラックホールや中性子星の研究に新しい窓を開いたのです。

いろいろな明るさのX線連星からの放射を系統的に調べたところ、落ち込むガスの量が減ってくると、ガスの落ち込み方が変わり、あまり摩擦が起きなくなるらしいことがわかってきました(図2c)。こうなると降着円盤からの放射は極端に減ってしまいます。ブラックホールの場合、降着円盤からの放射がなければ、ガスはそのままブラックホールに飲み込まれるだけです。ところが中性子星の場合には、ガスがその表面に衝突する際に高温になるため、X線で明るく輝きます。図3はその想像図です。つまり、暗い状態を観測すれば、両者の顕著なX線強度の違いから、ブラックホールと中性子星が区別できると期待されます。そこで、私たちは「あすか」で、13個のX線連星の暗い時期の観測を行い、そのX線光度の決定を試みました。

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図3:降着円盤の中心にある天体が中性子星の場合(上)とブラックホールの場合(下)の想像図。

図4は、これらのX線連星の光度分布です。中性子星を含む連星は、ブラックホールを含むと考えられている連星より明るいことがわかります。X線光度が上限値しか求められていない連星は、実際にはもっと暗いと考えられます。また、ブラックホールを含むと考えられている連星で検出できた2天体は、落ち込むガスの量が十分小さくなり切っていないものと考えられます。つまり、暗い時期のX線光度を比較すると、中性子星とブラックホールでは、大きく異なることが観測から示せたことになります。

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図4:中性子星を含む連星(中性子星連星)とブラックホールを含む連星(ブラックホール連星)の暗い時期におけるX線光度分布。オレンジ色は、上限値(太線は上限値の範囲)を示す。

(浅井和美、堂谷忠靖)
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