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巨大ブラックホールの重力を感じた?!

〜活動銀河からの広がった鉄輝線〜

物質は、X線で照らされると物質を構成する元素それぞれに固有の波長(エネルギー)で強く光ります。宇宙にたくさん存在する「鉄」元素の場合、鉄がそれほど高温でなければ、そのエネルギーは6.4キロ電子ボルトであることが地上の実験でわかっています。わが国第3番目のX線天文衛星「ぎんが」は、多くの活動銀河で6.4キロ電子ボルトの輝線を観測し、活動銀河の周りに鉄が分布していることを初めて明らかにしました。けれども「ぎんが」では検出器の能力に限界があり、輝線の形まで調べることはできませんでした。

輝線の形は、輝線を出している物質の運動についての情報を与えてくれます。例えば、救急車が通った時のサイレンの音を思い出してください。救急車が近づいてくるとき、音はだんだん高くなり、通りすぎると低くなったように聞こえます。このような変化を「ドップラー効果」といいます。運動している物質から出される輝線についても、同じ現象がみられ、近づいてくる場合には波長が短く(エネルギーが高く)なったように、遠ざかる場合には波長が長く(エネルギーが低く)なったように観測されます。可視光の場合、波長が短く(長く)なることは色が青く(赤く)なることですから、これらの変化を青方偏移赤方偏移といいます。波長(エネルギー)の変化は、物質が速く動いているほど大きくなります。

図1下は、活動銀河MCG--6-30-15の鉄輝線付近のX線スペクトルです。光源が動いていなければ6.4キロ電子ボルトのエネルギーを持つ鉄輝線が、左右非対称に大きく広がっていることがわかります。高速回転している降着円盤が中心核の光に照らされて鉄輝線が出てくると、青方偏移と赤方偏移によって鉄輝線の波長(エネルギー)がずれます。加えて、ブラックホール近傍の強い重力場から出てくる時に光はエネルギーの一部を失い、エネルギーが低い(波長が長い)方にずれることが期待されます(重力赤方偏移)。これらの効果を示したのが図2です。このような影響まで考慮に入れて鉄輝線の形状を計算したのが図1上です。どうです、実際に観測された輝線の形状とよくあっていると思いませんか。巨大ブラックホールの極めて強い重力場の影響がとうとう観測にかかってきたようです。

[広がった鉄輝線]
図1:下は「あすか」が活動銀河「MCG--6-30-15」で観測した広がった鉄輝線。上はブラックホール近傍で出された場合に期待される輝線の形。

[鉄輝線エネルギー分布]
図2:円盤の回転によるドップラー効果とブラックホールの強い重力を考慮して計算した鉄輝線エネルギーの“地図”。濃い赤の部分が大きく赤方偏移した輝線を出す部分。円盤の外側はゆっくりと、内側は速く回転しているため、外側では大きなドップラー効果は見られません。円盤の最も内側では、ブラックホールの強い重力場による赤方偏移が勝り、遠ざかる運動をしていても輝線は赤方偏移します。

ただし、その後の詳細な研究から、6.4キロ電子ボルトのピークにはブラックホールからずっと離れた場所で出された成分が混じっていることが示唆され、最近の「チャンドラ」衛星により明確に示されました。また、「あすか」による長時間観測からは、輝線の変動の振る舞いが単純な「ブラックホール近傍での再放射」では説明できないということもわかってきました。

「あすか」が提示した「広がった鉄輝線」の解釈については、現在活発な議論が行われています。今後の詳細な観測が待たれます。

(松本千穂)
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