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どうして大金持ちは生まれるか

〜粒子加速〜

世の中の物は例外なく温度を持ち、その部分部分は大抵はその温度に対応したエネルギーを持ちます。このエネルギーの持ち分は各部の間でほぼ揃っていて、多少のばらつきはあってもとても狭い範囲に収まります。これを熱平衡状態と呼びます。物をどんどん熱していくとそのうち赤黒く光りだし、黄色を経て青白く輝きますが (炎や焼けた炭などで見られます)、これはそれぞれの温度で各部がそのような色の光を出すエネルギーに揃っているからです。これは例えれば、国全体で皆が持っている財産がほぼ揃っている「総中流」状態のような物です。

ところが、お金と同じで宇宙空間でのエネルギー配分でも極少数の「大金持ち」が居る事が、1910年代の宇宙線 (宇宙から超高エネルギーで地球に降り注ぐ原子や電子) の観測でわかっていました。宇宙線のエネルギーは温度に対応づけられるような狭い範囲に収まらず、極めて高いエネルギー -- 温度に直せばどうやっても考えられない位の高温 -- にまで分布しているのです。そこで、これを生み出す仕組みとして、元々持っているエネルギーを一定確率で何割増しかに増やす宝クジのような仕掛けがあるのではないかと考えられました。当たりを何度も続けて引ければ元のエネルギーはネズミ算式に増えていきますが、そのような確率はとても低いのでごく少数の大金持ちが自然と生まれる事になります。

これが、宇宙空間を動く物質に周囲から沢山の粒子がぶつかり跳ね返る事で結果として起こる事に気付いたのがイタリアの物理学者フェルミで、今でもこのような機構を「フェルミ加速」と呼びます。更にこれを効率良く行なう仕組みとして、宇宙空間の衝撃波を跨いで粒子が何度も物質と正面衝突に近い跳ね返りを繰り返す「衝撃波加速」が考案されました。これらの加速では宝クジの配当金は個々の粒子のエネルギーではなく物質の速度差から供給されます。

衝撃波加速は「大金持ち」を説明する理論としてとてもよくできていました。しかし、理論は正しい事が検証されなければ意味を持ちません。それには、実際に加速が行なわれている現場を押えるのが一番です。加速のエネルギー源としてはどうやら超新星爆発のエネルギーがちょうど良さそうだという事は早くからわかっており、高エネルギー粒子に伴うと思われる電波からたくさんの超新星残骸が発見されてきました。しかし、これらの電波は「小金持ち」が期待できる程度の物でしかありませんでした。「大金持ち」には電波よりは光やX線、γ線が伴うのですが、これは長い間見つかっていなかったのです。この長い期間のうちに、超新星残骸での加速現象は観測者の意識からは徐々に薄れていきました。

この状況を変えたのが「あすか」です。これまでに無かった広範囲なエネルギーに対する感度と分解能、撮像能力の組み合わせにより「大金持ち」からのX線を捉える事に成功したのです。とはいえ、これらの組み合わせは意図的に設計された訳ではありませんでした。色々な物を見たい、細かい現象を見たいという執念に突き動かされた開発が様々な装置の性能を別個に発展させ、それらを組み合わせる事で結果的にもたらされた物なのです。

これにより、長年に渡って停滞していた「大金持ち」の起源の解明に向けての研究がまた活発に始められました。今では超高エネルギーγ線領域でも更に突っ込んだ研究が行なわれ、またまだ説明の付いていない「超大金持ち」の起源を探るべく、より広大な銀河団を舞台とした加速の研究が始められています。

「あすか」による超新星残骸での「大金持ち」の発見は、突き詰める事の重要さと大きな発見が意図した事からのみ生じる訳ではない事を示す一つの例とも言えるでしょう。

[SN1006]
図1:超新星残骸中の粒子は熱的 (Thermal) なエネルギー分布を持つ成分の他に非常に高いエネルギーまで伸びる非熱的 (Non-thermal) な成分が存在する。左図はこれを摸式的に示した物で、従来はX線観測による熱的成分と電波観測による「小金持ち」な非熱的成分しか知られていなかった。右図は「あすか」による観測結果で、ずっとエネルギーの高い「大金持ち」成分が熱的成分と同居している事が初めて確認された。

(尾崎正伸)
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