SS 433は太陽系から1万5千光年ほど離れたX線天体で、もしX線が眼に見えたら図1のように見えるはずです。見かけの大きさは角度にして数度、実際の大きさは数百光年におよびます。明るい中心核からは両側に2億度の高温ガスが光速の4分の1の速度で噴射されています。両脇には噴射後1万年ほど経過した古いガスが星間物質と衝突して光っていて、これをジェットローブと呼びます。
この宇宙ジェットエンジンの仕組み、つまりガスがどのような機構で加速・噴射されているのかは、実はよくわかっていませんが、その中心部は図2のような、恒星 (伴星) とブラックホールの連星系だろうと考えられています。伴星の表面はブラックホールに引きむしられ、風呂の水が排水孔の周りに渦巻くようにブラックホールの周りに渦巻きながら落ちていきます。この渦を降着円盤といいます。降着円盤の内縁、ブラックホール近傍でなんらかの機構がガスの重力エネルギーを運動エネルギーに変換し、ガスの一部が外に吐き戻され、そうして高温・高速のジェットが形成されるのです。
この謎の天体SS 433を「あすか」で観測したところ、鉄やカルシウム、硫黄、珪素(シリコン)などの輝線がすべて2本に分裂して現れるという異常なX線スペクトルが得られました(図3)。ジェット中のこれら元素からの輝線が、光速の4分の1という速度のためにドップラー偏移し、こちら向きジェットからの輝線は青方偏移し、あちら向きジェットからの輝線は赤方偏移していたのです。この発見により、「ジェットのX線放射する部分は千万キロメートルより短く、降着円盤に隠されていて、輝線のペアはX線では見えない」というそれまでの説はくつがえされました。
図3:「あすか」SIS装置で撮ったSS 433のX線スペクトル。マグネシウム(Mg)、硅素(Si)、硫黄(S)、アルゴン(Ar)、カルシウム(Ca)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)の各元素のイオンについて、2本に分裂した輝線の対応を示してあります。
ジェットのX線放射する高温部分が長いということは、ガスの輻射効率が悪くてなかなか冷えないことを意味しています。輻射効率が悪いのにX線で明るく輝くということはガスが大量にあることを意味し、つまり射出質量が大きいことを示しています。「あすか」は生涯にわたってSS 433の観測をおこない、ジェットの温度、密度、射出質量などを決定しました。求められた運動エネルギーは太陽の放射エネルギーの数百万倍、射出質量は毎秒百兆トン、つまり月をまるごと一個、二日で噴射し尽くす勘定です。SS 433はおそらく私たちの銀河系でもっとも強力な天体でしょう。
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