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銀河・銀河団の高温ガスの化学進化と暗黒物質

銀河団の化学進化

銀河の集団である銀河団は、温度が数千万度に達する高温ガスで満たされていて、X線で明るく輝いています。高温ガスの主成分は水素ですが、X線の観測によって鉄などもわずかに含まれることが知られていました。これらのわずかな重元素(天文学では、ヘリウムより重い元素を重元素と呼びます)は、実は重要な情報を持っています。宇宙のはじまり(ビッグバン)では主に水素とヘリウムしか作られず、こうした重元素は長い年月をかけて星の中で生成されたものなのです。したがって重元素の量と分布を調べることによって、これまでどのような星が生まれて死んでいったのか、さらには銀河・銀河団がどのように進化してきたのかを知ることができるのです。

「あすか」以前の観測装置では、銀河団全体の平均の鉄の量しか測定できませんでしたが、「あすか」によって初めて、鉄以外にもマグネシウム、珪素(シリコン)、硫黄などの量が測定できるようになりました。さらにこれらの元素の空間分布も調べられるようになりました。図2はいろいろな大きさの銀河団について、水素に対する鉄と珪素の存在比を示したものです。存在比は太陽を基準にとってあり、1という場合には鉄(あるいは硅素)と水素の原子数の比が太陽の大気と同じであることを意味しています。横軸は銀河団の高温ガスの温度ですが、大きな銀河団ほど温度が高くなるので、銀河団の大きさと読みかえることができます。そうしたことを頭に入れて図を見ると、大きな銀河団では珪素/水素が太陽の6割程度、鉄/水素が太陽の3割程度であることがわかります。これは鉄に対して珪素が太陽の2倍近くあることを意味しています。珪素は重い星で主に作られるのに対し、鉄は老いた軽い星の連星が超新星爆発するときにできます。相対的に硅素が多いということから、大昔の銀河が作られた頃に寿命の短い重い星が同時に大量に生成され、それらが連鎖的に超新星爆発を起こして大量の珪素が宇宙空間にばらまかれたことが想像されます。

[重元素組成]
図2:銀河団の高温ガスに含まれる鉄(赤)と珪素(青)の水素に対する原子数の存在比(縦軸)。横軸は高温ガスの温度。

また、銀河団の大きさによらず水素に対する鉄の量はほぼ一定(太陽の3割)であるのに対し、珪素は小さな銀河団で少なくなっていることがわかりました。このことは、重い星が作った重元素と軽い星が作った重元素の混合比が銀河団の大きさで異なることを意味しています。それでは、なぜ小さな銀河団で珪素の量が相対的に少なくなっているのでしょうか。おそらく、小さな銀河団では重力が弱いために、生成された珪素を含むガスが銀河団から逃げてしまったのでしょう。

「あすか」の観測からはさらに、銀河団の内部でも重元素と水素の比が場所によって異なることがわかってきました。例えば鉄の存在比は、銀河団の中心部では大きく、銀河団の端では小さいのです。つまり、水素に比べて鉄は銀河団の中心部により集中して存在していることになります。これは、鉄を吐き出した銀河から鉄がまだ遠くに移動していないことをにおわせるとともに、確かに鉄が銀河団内部で生成されたことを意味しています。

銀河団中心部に存在するやや温度の低いガスの正体

銀河団の高温ガスは、銀河団内部でだいたい同じような状態にありますが、銀河団中心部だけは非常に特異な性質を示すことが「あすか」によって発見されました。図3は銀河団の中心部と端でのX線スペクトルを比較したものです。中心部では重元素の原子が発する輝線(特性X線)が強く見え、周囲に比べてやや温度の低いガスが存在していることと、鉄などの重元素の存在比が大きいことを示しています。(温度がある程度高くなると原子のまわりの電子がすべて剥ぎ取られてしまい、原子は輝線を発することができなくなるので、輝線が見えなくなります。)

[銀河団スペクトル]
図3:銀河団の高温ガスの中心部と端でのX線スペクトルの違い。中心部では輝線(特性X線)が強く、温度がやや低いガスが存在することを示しています。

一般に温度の高いものは徐々に冷えて温度が下がります。このやや温度の低いガスも、銀河団の高温ガスの温度が冷えてできたものでしょうか?「あすか」の結果を詳しく調べてみると、ガスが単純に冷えた結果生じたと考えると説明できない観測事実も得られました。このことは最新のX線天文衛星によっても確認されています。このやや温度の低いガスの正体は依然として謎ですが、「あすか」は銀河団中心部の鉄の存在比が増加していること、鉄と珪素の比が小さいことを発見し、銀河団の中心にある巨大銀河に付随するガスではないかというこれまでにない説を初めて提唱しました。

知られざる楕円銀河の素顔をX線で初めて発見

高温ガスの重元素などの情報を用いた研究として、もう一つ「あすか」の重要な成果を紹介しましょう。銀河団には私たちの銀河のような「渦巻銀河」ではなく、単純な楕円型の「楕円銀河」が多く存在します。銀河団と同じように、楕円銀河にもX線で輝く約百万度の高温ガスが銀河の重力により閉じ込められています。楕円銀河は図4に示すように、可視光で同じように見えてもX線で見ると明るいものと暗いものの2種類に分かれることが知られていましたが、その理由はこれまで謎でした。「あすか」を使って高温ガスの温度と重元素の量を測定した結果、次のようなことが初めてわかりました。

[楕円銀河]
図4:楕円銀河M86とM84の可視光の像(左)とX線像(右)。可視光では同じ明るさの2つの楕円銀河が左右に見えますが、X線での明るさは大きく異なっています。写真の一辺は40分角で、およそ560万光年に相当します。

高温ガスに含まれる鉄と硅素の量を調べると、X線で明るい楕円銀河では、重い星と軽い星が重元素の生成に同じくらい寄与してきたことがわかりました。一方、X線で暗い楕円銀河の場合には、鉄が相対的に少ないのです。他の観測量とともに総合的に判断すると、この違いは楕円銀河の周囲の環境の違いを反映していると解釈できます。つまり、光で見えない暗黒物質の重力が強い楕円銀河は高温ガスが多く束縛されているためX線で明るくなり、重元素も楕円銀河に閉じ込められやすいのですが、暗黒物質の重力が弱い楕円銀河は高温ガスを閉じ込めにくいためにX線では暗く、最近の軽い星が吐き出した鉄がより多く逃げ出したと考えられます。このように、楕円銀河の高温ガスの重元素や温度を調べると、楕円銀河の周囲の可視光で見えない暗黒物質の情報が得られ、銀河の進化を研究することができるのです。

(深沢泰司、池辺 靖、松下恭子)
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