遠方の銀河ほど大きな後退速度で私たちから遠ざかっています。ハッブルの法則として知られるこの事実は、現在の宇宙が膨張していることを示しています。今後、宇宙は膨張し続けるのでしょうか、それともいつかは収縮に転じるのでしょうか?これを予測するための重要な観測結果が、「あすか」による遠方銀河団の観測を通して得られています。
銀河団は可視光で見ると文字どおり数百の銀河が100万光年の空間に集まった天体です。しかし、可視光で見える銀河は銀河団の質量の数%程度にすぎず、質量の20%程度を銀河間空間を満たす高温ガスが占め、残りの約80%は暗黒物質です。銀河団は“高温ガスの衣を着た暗黒物質の塊”なのです。X線による銀河団の高温ガスを観測することによって、間接的に暗黒物質を調べることができます。しかも遠方の銀河団まで遡ることによって、暗黒物質の構造の進化が銀河団の進化として見えてくるかもしれません。
遠方銀河団のもう一つの重要な観測目的は絶対的な距離の測定です。これは電波の「宇宙マイクロ波背景放射」、いわゆる「3K放射」の観測と組み合わせることによって得られます。3K放射の光子が銀河団を通過すると、高温ガスの電子と衝突しエネルギーを少しもらいます(コンプトン散乱)。このため3K放射の強度が銀河団の方向では少し変化します。一方、「あすか」の観測によって遠方の銀河団の高温ガスの温度と密度分布が高い精度で初めて決定されました(図1)。これらの電波とX線の観測を組み合わせると、銀河団までの絶対的な距離を求めることが可能になります。このようにして得られた距離と銀河団の後退速度を組みあわせると、後退速度と距離の間の比例定数、つまりハッブル定数を決めることができます。この定数は、現在の宇宙の大きさを表わすと同時に、宇宙の運動エネルギー密度を表わす量になっています。
図1:電波で3K放射の強度変化が観測されている遠方銀河団CL0016+16(z=0.546; 宇宙年齢の38%に相当する54億光年の距離)の「あすか」によるX線像とX線スペクトル。「あすか」が決定した高温ガスの温度は1億度。
宇宙の運動エネルギー密度がわかると、宇宙が膨張を続けるかどうかを決める量は物質(重力)エネルギー密度と宇宙項と呼ばれる定数で決まります。地球からロケットを打ち上げた場合、ロケットが重力エネルギーに打ち勝つだけの運動エネルギーを持てば地球を脱出できるのに、そうでなければ地上に戻ってきてしまうのと同じです。
物質エネルギー密度とはすなわち、暗黒物質が宇宙にどれだけあるかです。「あすか」とドイツのローサット衛星によるX線観測データを組み合わせることによって、約120個の銀河団の暗黒物質と高温ガスの質量が求められました(図2左)。この結果から現在の宇宙の物質密度は、宇宙膨張を止めるのに必要な量の約30%しかないことがわかりました(図2右)。また、宇宙年齢の55%に相当する距離約80億光年(宇宙膨張の赤方偏移z=1)までの銀河団について顕著な進化が見られないこともわかりました。このことは宇宙の密度が低いことと一致します。宇宙のエネルギー密度を求める試みは他の方法でも行われています。これらの独立な観測結果を組みわせると一つの解に収束します(図2右)。それは宇宙の物質密度は低く、宇宙項(未知の暗黒エネルギー)が存在し、宇宙はまだ加速していることを示唆しています。
図2:「あすか」とローサット衛星の観測によって得られた約120個の銀河団の高温ガスと暗黒物質の質量比(左図)。横軸は銀河団までの距離(左端が0、右端は77億光年に相当します)。右図は宇宙のエネルギー密度に対する制限。横軸は物質エネルギー密度を宇宙膨張を止めるのに必要な量を1として表わしたもの。縦軸は宇宙項。遠方の超新星の観測や3K放射の空間ゆらぎの観測からの制限も示してあります。
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