宇宙には数十から数千個の銀河が集まった「銀河団」と呼ばれる天体が多数存在しています。銀河団の大きさは数百万光年にも達し、宇宙で最大の天体です。可視光で見ると銀河と銀河の間には何もないように見えますが、実は温度が数千万度に達する高温ガスで満たされています。そのため、X線で見ると可視光とはまったく異なり、全体が明るく輝いています(図1)。この高温ガスの総質量は、可視光で見える銀河の質量の総和よりも大きく、可視光やX線で直接見えている物質の中ではもっとも主要なものです。
図1:うみへび座銀河団A1060の可視光の像にX線像(赤の等高線)をかさねたもの。多数の銀河が集まっている領域を満たすように高温ガスが存在し、X線で輝いています。写真の一辺が35分角、およそ2千万光年に相当します。
第1章で触れたように、ヘリウムより重い元素は星の中で作られ、星の死によって宇宙空間にばらまかれます。銀河団を満たす高温ガスに重い元素がどのくらい混ざっているのかを調べると、宇宙全体としてこれらの重い元素がどのように増えてきたのか(これを宇宙の「化学進化」といいます)がわかり、宇宙の歴史をひもとくことにもつながります。高い波長分解能と広い帯域での撮像能力を有する「あすか」の登場により、この方面の研究は大きく進歩しました(『銀河・銀河団の高温ガスの化学進化と暗黒物質』参照)。
いっぽう、高温ガスの分布を詳しく調べることによって、物質がどのように分布しているのかを推定することができます。先ほど高温ガスは「直接見えている物質の中ではもっとも主要である」と書きましたが、銀河団の中の多数の銀河や高温ガスが逃げていかないようにするためには強い重力が必要であり、その重力を作るのに必要な質量を計算するとこれらの銀河や高温ガスの総質量の5倍近くにもなります。つまり、まだ私たちには見えていない物質があるたくさんあるらしいのです。これらの見えていない物質を「暗黒物質(ダークマター)」といいます。暗黒物質がどのくらい存在しているのかは宇宙のこれまでの歴史や将来にかかわる極めて重要な問題であり、銀河団研究の主要テーマの一つです。『銀河・銀河団の高温ガスの化学進化と暗黒物質』では、銀河団の空間構造を調べこれらの問題に挑んでいます。二つめの『遠方銀河団』では、遠方の銀河団まで含めた数多くの銀河団の観測結果に基づいて宇宙に存在する暗黒物質の量を推定し、他の観測結果とも絡めて宇宙の過去と未来の手がかりを探します。
銀河団は宇宙でもっとも規模の大きい天体ですが、現在でも合体を繰り返し、より巨大な構造へと進化しています。「あすか」はその様子をとらえることにも成功しました。『合体しながら成長する銀河団』では、観測的にわかってきた宇宙の巨大構造の進化についてお話します。
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