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合体しながら成長する銀河団

銀河団は銀河が100以上も集まった集団で、差し渡しが1千万光年以上という途方もなく大きなシステムです。それらは100億年をこえる宇宙年齢の間にゆっくりと重力収縮しながら作られてきました。銀河団の中は銀河だけが存在するのではなく、温度が3千万度から1億度にもなる高温のガスで満たされていて、X線で明るく輝いています。観測の結果、高温のガスは銀河全体を合わせた質量の4倍にもなっていて、このことから宇宙の中の通常の物質の存在形態は、星や銀河よりもむしろ高温のガスの方が多いこともわかってきました。銀河団の高温ガスは重力によって捉えられていないと宇宙空間へ蒸発してしまいます。ちょうど地球大気が重力のおかげで存在しているのと同じことです。銀河団の場合はガスの温度が高いので、それを引きつけている重力質量も巨大なものになります。その大きさはざっと太陽の千兆倍で、星や銀河を合わせた質量の20倍ほど、高温ガスの5倍ほどもあります。不思議なことに、この巨大な質量に対応するべき物質が観測的には全く見えません。電波や赤外線を出す低温のガス、X線やガンマ線を出す高温のガス、さらにはブラックホールまで、あらゆる観測手段で探してみてもあるはずの大量の物質は見つからないのです。この謎の物質は重力以外の相互作用を一切しない物体、すなわちダークマターと呼ばれていて、いわゆる大統一理論から予言されている新しい種類の素粒子ではないかと考えられています。ダークマター粒子の探索は活発に進められていますが、まだその証拠はつかめていません。

さて、銀河団の進化に目を向けましょう。銀河団の進化には宇宙年齢を要することから、現在の銀河団が宇宙初期の条件(密度ゆらぎの大きさや、重元素による汚染)を記憶していることが一つ、そして銀河団の多くが現在も進化をしていることが予想されます。銀河団は一見丸く、滑らかな形をしているものが多いですが、決してガスが平衡状態に達しているとは限らないわけです。実際、広く支持されている冷たいダークマターの描像に基づいて宇宙の進化を計算機で追いかけてみると、最初に小さな構造が発生し、それらが次々に集まり、衝突・合体をくりかえす結果、大きな構造へと成長していくことがわかってきました。このように小さいものが集まって大きなものを作る過程をボトムアップと呼びます。銀河団同士の衝突が起きるとガスの一部が加熱されますが、高温ガスの密度が1 cm3あたり10-4個程度と、銀河系の星間空間と比べても1万分の1ほどしかないので、熱が周囲に伝わって一様になるのに、数10億年かかると考えられます。というわけで、たとえなめらかな構造を示す銀河団でも、その中には10億年以上前に起きた銀河団合体の痕跡が、ガスの温度分布という形で残されているかもしれないと期待できるわけです。

「あすか」衛星は、われわれの近く(と言っても距離は5千万〜1億光年)にある明るい銀河団について非常に詳しい観測を行ないました。おとめ座銀河団、ペルセウス座銀河団、かみのけ座銀河団は特に大きくて明るい、いわば御三家と呼んでもよい巨大銀河団です。ペルセウス座銀河団とかみのけ座銀河団は差し渡しが5度、おとめ座銀河団に至っては10度以上も広がっているので、視野直径が0.8度ほどの「あすか」で全体を観測するには、向きを少しずつ変えながら数10ヶ所を見るというマッピング観測が必要です。こうして得られた温度分布を図1〜3に示します。いずれの銀河団も予想外に大きな温度構造を示すことが「あすか」の観測から初めて明らかになりました。

[おとめ座銀河団]
図1:おとめ座銀河団の高温ガスの温度分布。白丸はcD銀河M87、白三角は南側の巨大楕円銀河M49の場所を示す。

おとめ座銀河団は温度2千万度ほどでやや低温の銀河団ですが、南北に大きく広がっているだけでなく球対称から大きくはずれた形をしています。この点からも、まだ銀河団としての重力収縮が始まったばかりで、このあと長い時間をかけて丸くなっていくのではないかと想像されます。果たして「あすか」で見たところ、cD銀河(銀河団中心の巨大な楕円銀河のこと)M87を包む直径3度ほどの領域はまずまず等温になっていますが、さらに周辺にかけてと、南のM49グループにつながる腕のような領域では、温度がざっと2倍ぐらい高い所や逆に低温の所のあることがわかります。おそらく今、おとめ座銀河団という大関クラスの大きなシステムに、周囲から幕下クラスの小さな銀河グループがいくつも落ち込んで来ているところであり、そのため特に周辺部に多くの温度構造が見えるのだと思われます。温度が低いところは、落ち込んできた銀河グループがもともと持っていたガスが低温で、それがそのまま残されているのでしょう。

一方、かみのけ座銀河団は温度が8千万度ほど、丸くて力学平衡に近い銀河団の代表としてよく取り上げられてきたもので、実は「あすか」で観測するまではこのような温度分布が存在するとは予想されていませんでした。観測結果は図2から明らかなように、銀河団の右上(つまり北西)に大きく広がった高温領域が見えます。かみのけ座銀河団からは、電波ハローと呼ばれる放射が観測されていて、この放射は銀河団の中を高エネルギーの電子(エネルギーはおそらく数10億電子ボルトで、高温プラズマの熱エネルギーより6桁以上高い)が飛び交っていて、銀河団の中の弱い磁場のためにシンクロトロン放射を出しているのだと考えられます。おそらくかみのけ座銀河団が作られる際に大規模なガスの衝突があり、その衝撃波の中で粒子加速が行なわれるとともに、こうした温度構造も作られたのではないかと考えられます。

[かみのけ座銀河団]
図2:かみのけ座銀河団の高温ガスの温度分布。等高線はX線の明るさの分布を示す。明るい楕円銀河が赤い十字で示されている。

ペルセウス銀河団は全天でも最も明るい銀河団で、X線でもこれまで詳しく調べられてきました。最近では米国のチャンドラ衛星が中心部のガスの構造を詳しく分解しています。「あすか」の得た温度分布は、図3に示すように予想外に複雑な構造を示すものでした。ペルセウス銀河団の特徴としてまず中心部に低温のガスが広がっていることがあげられますが、これは密度が高いためにガスが放射によって冷える一方、何らかの機構によって中心銀河のポテンシャルに相当する温度以下には冷えないようになっていると考えられ、今後解明すべき重要な現象です。銀河団全体を見ると、その低温ガスは中心から左(東)に大きく広がっていることがわかります。X線の輝度分布を詳しく見ると低温領域がわずかに盛り上がっていて、ここには背後か手前に重なって小銀河団(それ自身が低温のガスを持っている)がいると思われます。これが親玉のペルセウス銀河団にぶつかっている可能性があります。実際、大きな低温領域を取り囲むように温度の高い領域がややリング状に並んでいるように見えますが、これは小銀河団がぶつかったために押しのけられたガスが加熱された結果かもしれません。この他にも南西の端にある低温のグループを初め、ペルセウス銀河団はかなり複雑な経過を経て現在の巨大な姿に成長したことが、温度分布からうかがえます。

[ペルセウス座銀河団]
図3:ペルセウス座銀河団の高温ガスの温度分布。等高線はスムーズなX線輝度分布を仮定した時の超過成分。大きな白丸はビリアル半径の半分に相当し、銀河団が静かであればほぼ等温になっているべき範囲(半径約500万光年)。

このように、「あすか」は銀河団が衝突・合体しながら進化しつつあるという、1千万光年をかける壮大なダイナミックスを明らかにしました。宇宙の進化の重要な一こまを目の当たりにするような結果とも言えます。「あすか」が開拓した宇宙のダイナミックスという新しいテーマは、2005年にはAstro-E2衛星に引き継がれます。このミッションではマイクロカロリメータがドップラー分光という新たな手段で高温ガスの運動を直接検出し、さらにガンマ線検出器が高エネルギー粒子が加速される現場にメスを入れることになります。Astro-E2衛星が切り開く高エネルギー宇宙の最前線から、きっとまた新たな驚きがもたらされることでしょう。

(大橋隆哉、柴田 亮、渡辺 学、古庄多恵)
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