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宇宙X線背景放射の起源

〜宇宙を埋め尽くす謎のX線天体〜

もし私たちの目が宇宙からのX線を見ることができるならば、空が一様に明るいことに驚くことでしょう。空全体がX線でぼおっと光っている事実---宇宙X線背景放射(CXB)と呼びます---は、1962年X線天文学の幕開けとなったロケット実験で発見されました。宇宙X線背景放射は、天の川の近くを除いて極めて明るさが一様であることから、私たちの銀河系よりもずっと遠方の宇宙から来ているものと思われます。それは大変明るく、全方向の強度を足し合わせると、銀河系にあるX線天体の明るさの総和の10倍にも達します。この謎の強いX線を放射しているものはいったい何か?宇宙X線背景放射は発見後30年以上にわたりX線天文学最大の謎でした。

宇宙X線背景放射が銀河系外の非常に暗いX線天体の重ね合わせらしいということは、他の観測から推定されていました。ところが、ここに一つ大きな問題がありました。それは宇宙X線背景放射の「色」です。宇宙X線背景放射は、エネルギーの高いX線の強度が強く、可視光に例えるといわば「青い」色をしています。ところが、私たちの知っている代表的な銀河系外X線天体は、1型活動銀河と呼ばれるものです(『活動銀河核』参照)。そのX線の色は宇宙X線背景放射よりもずっと「赤い」ことがわかっていました。どんなに「赤い」色の天体を足し合わせたところで、「青い」色の宇宙X線背景放射を作り出すことはできません。「青い」色をしている、別種の天体が必要ということになります。

「あすか」は「青い」色のX線天体を撮像することのできる世界で初めての衛星で、2--10キロ電子ボルトのエネルギー範囲で、過去の衛星と比べ100倍以上暗い天体を検出することができました。「青い」色の宇宙X線背景放射の起源の解明は、「あすか」に課された最大の使命でした。

これを果たすべく、明るいX線天体のない領域をじっと見るサーベイ観測が行なわれました。図1は、かみのけ座方向にあるほぼ1度×5度の大きさの空域をGIS装置で撮ったX線画像です。明るく見えるところがX線天体に相当します。感度が2桁も向上したおかげで、ぼおっとしていた宇宙X線背景放射が、暗いたくさんの個々の天体に分解されて見えているのです。私たちは、この領域から107個にわたるX線天体を検出しました。その明るさを全て足し合わせると、宇宙X線背景放射の明るさのおよそ30%を説明することができます。さらに重要なのは、これら「あすか」の発見した暗い天体の中には、「赤い」色をしたX線天体だけでなく、今まであまり知られていなかった「青い」X線天体が多く含まれていたことです。これらの「青い」天体こそが、宇宙X線背景放射を構成する主要天体であることは間違いありません。X線天文学者が探してきた謎の「青い」天体をついにとらえることに成功したといえるでしょう。

[宇宙X線背景放射]
図1:「あすか」で撮ったかみのけ座方向の空域の画像

これらの天体の正体は一体何でしょうか?私たちは、可視望遠鏡を使い、X線を出している天体を観測して、その性質を一つ一つ調べました。その結果、「青い」天体の多くは、塵に深く埋もれたブラックホールを中心にもつ、いわゆる2型活動銀河であることをつきとめました。しかも、多くの人の予想と異なり、そのほとんどは60億光年以内の距離に集中して存在することなどを明らかにしました。

宇宙X線背景放射の起源を解明することは、それを構成しているX線天体を使って宇宙の進化を解き明かすことにつながります。その後、「あすか」よりさらに高い感度をもつX線衛星が打ち上げられ、いまや宇宙X線背景放射のほとんどが点源で説明されることが確かめられています。これら宇宙に点在する「巨大ブラックホール」がどのように生まれ、進化していったのか?X線で「赤い」色と「青い」色の活動銀河はどのような関係にあるのか?これらの問題の解明に、いま世界中の天文学者が取り組んでいます。「あすか」が先駆けとなった宇宙X線背景放射の研究は、宇宙の進化を知る上で、非常に重要な役割を果たしています。

(上田佳宏)
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